患児の兄弟姉妹から見た両親

3年に及ぶ弟の治療期間中、なぜ両親がずっと病院にいるのか私はよく分かっていました。弟が診断を受けた時に私は11歳で、彼ががんになったからといって私までがんになるわけではないということが理解できる年齢でしたが、それでもまだ子どもだったので混乱する気持ちがありました。一方、私の両親はいろんな物事を前向きにとらえようとしていました。「彼はきっと快くなるよ」と絶えず私に言っていました。

時たま父と母の二人共がすっかり気落ちして泣き出すことがありました。私には「何もかも快くなるよ」と言っていても、私が同じように落ち込んでいないと時々両親はいら立ち、怒っているようにさえ見えました。病気が快くなると私には言いつつも、両親自身が常にそれを信じているわけではないのだということがその当時の私には理解できませんでした。それでも、先が見えない中で両親はいつも、弟が受けているのは最も優れた医師たちによる最高の専門治療であると言って私を安心させてくれました。彼がもう一度元気になるように可能な限りのあらゆる手が尽くされました。両親は希望を持っていたのです。だから、私も希望を持っていました。

この最悪の時期にも、両親がこれまでと変わらずに私を愛してくれていること、そして両親にとって私は病気の弟と同じくらい大切な存在なのだということをいつも確信していました。私と病気の弟のために両親が最善を尽くしていることを知っていたのです。また、両親はいつも私たち家族が必ず病気を克服できると私に信じさせてくれました。

ソフィア (小児がん経験者の姉、高校3年生)

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